3. 半島独裁者の亡命

左側が現在の中朝友誼橋(ちゅうちょうゆうぎきょう)

 平壌発の特別列車が停車する1番ホームでは、通常は旅客とその送迎者との別れや再会で涙する姿が見受けられ旅情を誘うのですが、この日は全くそのような光景を見られることはありません。代わりに、グレーのいかにも重たそうなコートを着込んだ少数の屈強な長身の白人男性が白い息を吐きつつその鋭い目を光らせてホームの隅々まで監視し、空気が凍り付いています。彼らはロシア連邦警護庁(FSOロシア)の要人警護隊であり、通常ロシア国内での大統領警護などを担当していますが、特別な任務を受けたのでしょう。

 やがて一台の鏡のように磨かれた黒色の大型高級車がホームに直接乗り入れると、その男達は車の周囲を守るように固めました。そして、全長6.5mもある超高級防弾リムジン「メルセデスーマイバッハ S600 プルマン・ガード(Mercedes-Maybach S600)」の後部ドアを男達の一人が丁重に開けると、ブラックのシルクハットを目深にかぶり、銀縁のレイバンのサングラスをかけ、ブラックの上質なカシミヤのダブルのロングコートで太った身体を包んだ男がホームに降り立ちました。

 自分より30cm以上は背の高いロシア人の隊員達に周囲を警護された男は、乗って来たマイバッハをじっと見つめて「フン」と鼻を鳴らし、ドアを開けた警護のリーダーらしき者に「処分しておけ」と命じようとしましたが、しばらく考えて思いとどまりました。自国の側近にも今回の行動は内緒であり、自分専用車が処分されたことを不審に思う者がいるかもしれないことを用心したのです。

 太った男は特別列車の寝台個室に一人で入り、ホームを警戒していた警護の男達も寝台車の前後の車両に乗り込むと、列車はゆっくりと動き出しました。

 寝台個室のソファでシルクハットとサングラスをはずした男は車窓に右肘をかけ、左手でスキンヘッドを撫でながら無言で流れて行く平壌市内の風景を眺めていました。そしてまた、「フン」と鼻を鳴らしました。

 特別列車はこれから全長950m近くもある鉄橋「中朝友誼橋(ちゅうちょうゆうぎきょう)」を渡って、中国遼寧省丹東市に入ります。そして瀋陽駅から特別臨時便のロシア鉄道ボストーク号に連結しロシア・モスクワに向かうのです。

 金朴恩(キム・パクウン)委員長の亡命は、中国とロシアの説得によるところが大きかったのですが、その裏では世界的犯罪企業 WSSP の意向が強く影響を与えていました。戦争が勃発し、核兵器が使用されることになれば、買収を続けている世界各国の国土と水源が汚染される危険性があることをWSSPは懸念したのです。WSSPは石油の流通を押え、金一族の海外保有資産の全てを凍結することで金朴恩を威す一方、亡命後には独立国家に設立する国際金融センターの重要ポストを用意し、祖国に残す一族の安全と生活を保証するとして、彼の決断を促したのです。

 こうして、モスクワでロシア大統領フルチンと面談し、北京で中国国家主席習風山(シュウ・プーサン)と会談した後、金朴恩委員長はチャイナ・ランドブリッジ(CLB)と呼ばれる鉄道網で中国西北端の新疆(しんきょう)ウイグル自治区カシュガル地区に独立宣言した国家へ向かったのです。

 金朴恩が黒電話の様な個性的な髪型をしていたのは、替玉が作りやすかったからです。太った身体と黒電話の髪型を印象づければ、替玉を疑う者はいないのです。そして今、彼はスキンヘッドになっています。彼は妻子や親族にも内緒にして、忍びで両国家代表を表敬訪問することを口実に出国しました。替玉には核実験場を視察させて、実験成功に喜ぶ太った黒電話の姿を写真に撮らせ世界中に公開させています。そして外交部には核保有国として着実に歩みを進める自国を誇らしげに宣伝させています。

 彼は祖国に残す妻と三人の子だけが心残りでしたが、WSSP の意向に逆らうわけには行かなかったのです。通り過ぎる中国の風景を眺めながら、彼はもう一度「フン」としました。

解説

 緊張が続く朝鮮半島、中国・ロシアと北朝鮮を結ぶ国際列車と、陸貿易の要である鉄橋「中朝友誼橋(ちゅうちょうゆうぎきょう)」について学びましょう。

 中朝国際列車と陸貿易の要・中朝友誼橋