10.定年後初の健康保険証

2021年5月11日

姉弟

 坂元はUR賃貸(旧公団)『松の塚』団地のエレベーターなし5階建の4階部分にある自宅を出て、東武伊勢崎線「松ノ塚」駅の5時8分発の始発電車で出勤しています。「日比谷」で下車して毎日6時過ぎにオフィスに到着すると、他の人が出社するまで掃除を丁寧にするのです。彼は所長の言った「執事」が気に入り、まずは掃除から始めようと思ったのです。

「ファミリーオフィス銀座」には、所長の他はまだ3人の社員しかいません。そのうち一人は、面接時に紅茶を出してくれた女性で坂元は秘書だとばかり思っていました。しかし入社後、坂元と同時に入ったもう一人との教育係となったのです。いろいろと教えてもらう中で、名前は栗原美雪さんで保険のスペシャリストであることが分かりました。

 最後の一人は、自分と同時に入社した30歳前の長身のモデルのような目のギラッとした男ですが、元証券マンとのこと。その彼が、「あの女はすごいですよ。どこの保険会社にも少ししか保有者がいない資格を持っています。しかも実はかなり美人で話上手だし、銀座でチーママしてても不思議じゃないですよ。」とよけいなことまで教えてくれましたが、この男自身も只者(ただもの)ではない感じがしています。

「坂元さん、保険証ができましたので奥様の分と2枚お渡しします。」と栗原さんが全国健康保険協会(協会けんぽ)の水色の健康保険被保険者証を手渡しました。坂元はこれまでの人生ではずっと公立学校共済組合の組合員証で退職後も任意継続していたので、初めてのけんぽ健康保険証をじっと見つめました。生徒の健康保険証は見たことはありましたが、自分のものは初めてです。

「はい、金田くんは独身なので1枚。」と隣でギラ男こと金田俊哉くんも受け取っています。

 さて、こちら有馬焼窯元では、川西達郎が元気な妻花子さんと夕食後、有馬焼の湯飲みで熱い玉露を飲んでいます。テーブルの上には子供たちの小さい頃のアルバムを開いています。

「この頃は二人ともかわいかったなあ。」と達郎は感慨ぶかげに述べました。

「お父ちゃん、俊夫に譲ること考えて会社にしたけど、私もいつまでも経理できひんよ。」
と、最近だいぶんしんどいわと奥さんはちょくちょくと言っています。法人成りをして規模が大きくなった負担があるのでしょう。達郎は陶器づくりと営業は得意なのですが、経理や保険は全く奥さん任せだったのです。

「わしも従業員にも、明るい奴はおらんからなあ。でも、金扱うことやから信用できる者でないとあかんし。」
「こんな有馬の山奥に優秀な人なんか来てくれへんしねえ。佐紀は嫁に行ったし。」
 長女の佐紀さんは簿記2級を取っていたので、昨年結婚して東京に行くまでは奥さんを手伝っていたのです。

「それは最初からわかってたことや。あの娘の幸せが優先やで。」
「誰か事務のできる良い人おらんかしら。」
と、二人でため息つくことも多くなっています。

解説

 定年退職後の社会保険の選択について学びましょう。

定年退職後の社会保険選択