19.有馬の現地調査

2021年9月22日

六甲ケーブル

 運転を金田に代わったビンテージのクリーム色いすゞベレットは、三人を乗せて有馬町へ向かいます。宝塚ホテルを出発し、国道176号線を北へ、生瀬(なまぜ)を経由して県道51号線宝塚唐櫃線、通称「有馬街道」の風光明媚な山道を進んで行きます。阪急バスも阪急宝塚駅から有馬温泉まで定時運行されている道です。

「最寄り駅までどの線で来るのか、駅からどんな道を通って現地に行くのかを体験せにゃならん。梅田から阪急電鉄で宝塚駅まで来てもらったのもそういう訳じゃ。」と、深田が言いました。
「どうでも良いけど、ギアが固いしアクセル踏んでも加速しない!」と、金田がビンテージのミッション車の扱いに苦戦しています。ベレットは運動性能のとても良い車で、GTはレースにも使われていましたが、人間と同様年を重ねると性能も衰えてくるようです。

「いやー、良い車です。おやじが乗っていたんです。子供の頃、運転を助手席でよく見ていました。」と、坂元は子供の頃を思い出しています。

 慣れない運転と速度の出ない車のうえ、ときどきすれ違うダンプに肝を冷やしながら、有馬温泉には出発してから約40分かかってようやく到着しました。温泉地のレトロで落ち着いた雰囲気が湯気とともに漂ってくるようです。そして宝塚ホテルで確認した成約事例の土地を全部見てまわりました。

「どうや、資料では分からんことが現地に来たらようく分かるやろ。」
「特に斜面ではないか、道路面との高低差はあるか、道路は舗装されているか、道路幅はどの位か、道路に面した間口は何メートルあるかなどは必ず確認せにゃならん。」
「不動産は現地調査するのんが鉄則なんじゃ。」と、得々と深田は坂元と金田に言うのでした。

 車はその後南へ、有馬トンネルと芦有トンネルを通過して芦屋市最北端の宝殿ICに出ました。そこから西へ方向を変え、クネクネした山道を楽しみながら六甲山頂を通過し六甲山スノーパーク(旧六甲山人工スキー場)の前を通ってサンセットドライブウェイへ、六甲山ホテル(注)も過ぎました。そして丁字が辻から南下して表六甲ドライブウェイを通り、六甲ケーブル下、神戸市灘区鶴甲(つるかぶと)、神戸大学の北側に下りてきたのです。

「地震の後、わしは水や食料を求めてな、ニコク(国道2号線)やヨンサン(国道43号線)が詰まって通れんかったから、この道を大阪まで出る抜け道にしとったんや。冬寒い時期やったから六甲山の道路も凍結しとって、ラジアルも履いてへんこのべレットが進めんなったとき、待機しとった自衛隊の若い隊員に引っ張ってもうて、テントでストーブにあたり、国防色した缶詰のみかんを食わせてくれて、帰りに何缶ももらったんじゃ。うれしかった。」と、深田は当時を思い出して言いました。近畿の人にとって地震とは平成7年1月17日の阪神淡路大震災を指しています。

「これからどこへ?」と、坂元が道路マップを見ながら後部座席の深田に聞きます。
「JR三ノ宮駅を南に行ったら神戸市役所がある。そこへ向かってくれ。」と、涙ぐんた声。坂元が振り返ると、深田は目をぐっとつぶり顔のしわを寄せてじっとしています。うれしかったことだけでなく悲しかったことも思い出したようです。坂元はそれ以上質問せず、前を向きました。

「坂元さん、ちゃんとナビして下さいよ。」と、金田。
 カーナビの付いていないベレットは三人を乗せて神戸の町を走ります。

(注)現在は経営譲渡され、新たに六甲山サイレンスリゾートとして生まれ変わっています。

解説

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