21.有馬温泉

2021年10月13日

ねねの像

 坂元と金田は神戸市営地下鉄『三宮」駅で乗車し、北神急行電鉄でトンネルを抜けて「谷上」駅に出て、神戸電鉄有馬線に乗り換えて「有馬温泉」駅に着きました。このルートだと約30分で来れましたので、二人が思っていたよりだいぶん早かったのです。

「いやー、車よりも電車の方が早いし楽だよー。まだ7時前だからな。」と、坂元。
「実際に電車に乗って来ないと、分からないものですね。でも、新開地経由だともっと時間がかかったでしょう。」と、金田も早く着いてうれしそうです。
 三ノ宮からのアクセスの良さも有馬温泉の魅力だと感じた二人でした。

 神鉄「有馬温泉」駅を出てすぐの四つ辻「太閤橋」で有馬街道を横切り、しばらく直進して有馬温泉観光協会の「有馬旅館・ホテル・観光案内所」の白い大きな看板を右へ行くと、栗原くんが予約してくれていた有馬温泉でも最も歴史のある旅館の一つ「神泉 湯治坊」がありました。

 広々とした和室で浴衣に着替え、何はともあれ二人は大浴場に向かいました。半露天の金泉の赤く濁った温泉に浸かり、正に生き返ったようです。

「実は、栗原くんが有馬の宿をどこでも良いですよと言ったので、この宿をお願いしたんだ。何せここの金泉は源泉掛け流しだから。」とすっかり体がとろけそうな坂元が頭にタオルを載せたまま金田に言います。

「この湯に浸けると、白いタオルも赤く色づいちゃうんだよ。」

「坂元さん、おかしいと思わなかったですか。」と、坂元の隣で首まで湯に浸かりながら金田が遠くを見るように聞きます。いやに真剣な横顔をしています。
「何が。」と坂元。
「深田さんの役所での聞き方か?」
「やっぱり気づいてたんですね。宅地開発指導課の人が開発申請も事前協議も予定はないと言っても、結構しつこく聞いていたでしょ。」と、金田。
「うん、何かそういう情報の裏を取ろうとしているようだった。」
「そうなんですよ。もともとこの実地研修も突然だったでしょ。しかも、研修にこんな高そうな旅館に泊まらせてもらえないですよ。」と、せきを切ったかのように金田は心に貯めていた疑問を口にします。
「いや、オフィス自体もおかしい。」と、金田が言いかけたところを坂元が止めました。
「もう、それくらいにしておけよ。腹が減っているからそんな気になるんだ。」

 部屋に戻ると、食べきれないほどの料理が用意されていました。先ほどの会話のせいか、二人は静かにビールをついで飲み、ご馳走をきれいに平らげたのでした。

「私は、中学校を定年退職して約半年間仕事が決まらなくて、かなり弱気になってたんだ。自分は必要とされてないんだって。だから、伊勢所長に必要だと言われて、自分の居場所を見つけられたって本当にうれしかったんだよ。」と、柔らかい布団の中で天井を見上げながら坂元はしみじみと話しました。
「といっても、義父の紹介だから偉そうなことは言えないけれどな。」

「坂元さん、僕が先ほど言いたかったのは、そのことなんですよ。坂元さんは公立中学校の国語の教師を38年間されてきたんでしょ。そんな人だったら少なくとも私立の学校の講師とか、塾の先生とかの就職口に困らないはずですよ。」と、金田も布団に包(くる)まり天井を見上げて言います。

「いや、履歴書送っても全部書類審査で落とされて、一つも面接にまでたどりつけなかったんだ。」
「それがおかしいんですよ。実は僕も、自分で言うのは気が引けますが、外資系のかなり有名な証券会社にいましたから、退職してもどこかのファンドに転職できるとタカをくくってたんですよ。」
と、金田が思い出すように言います。

「正直なところ、酒で失敗して辞めたんですけど、あくまで「自己都合」の退職なので再就職には問題ないと思ってたんです。ところが坂元さんと同じで、履歴書とかなり詳しく自分の成果を書いた職務経歴書を付けて送付しても、どのファンドも証券会社も書類審査でダメだったんです。僕はずっと、前の職場が手をまわしているのかと思っていたんですけど。」

「栗原さんにしても、あんな何拍子も揃った人が絶対来ないです。不思議というか、奇跡です。」
「所長も長年外国におられたとのことですが、どうして急に日本でファミリーオフィスを開くんです。しかも顧客層がすご過ぎます。前の職場にもプライベートバンキング部門があったんですよ。結構良い富裕層の顧客を抱えていたと思うんですけど、どうしても手が届かない層があるんです。ただ資産額が多いというだけじゃない層です。その層をどうして顧客にできているのですか。」
と、金田は疑問を全て吐き出したのでした。

 二人は暖かい布団の中で、解決しない疑問を反芻しながら、早く眠ろうとするのでした。

解説

 土地の開発許可申請手続きと事前協議について学びましょう。

 不動産の開発行為