5.中途退職ー金田俊哉の場合

2021年4月25日

プレゼンテーション

「君には期待していたんだがね。いずれディレクターになる人財だと思っていたんだ。」
東京都港区六本木の超高層ビルにある外資系証券会社の本社人事室で、テーブル上に差し出された辞表を前に部長は自分に言い聞かせるように金田に告げました。
 金田は眼力があるいかにも仕事ができる風采でまだ30手前でしたが、今日ばかりは伏し目がちで、無言で頭を下げてドアを閉め廊下に出ました。

「これからどうするんだ。」振り返ると入社研修で同室だった中村が納得できない顔で立っていました。
「お前を辞めさすなんて会社の損失だよ。上は何を見てるんだ。」と、憤った声で言いました。
「競争相手がひとり減って喜んでいる奴ばかりなのに、お前は変わってるな。」
 中村とは研修後は別部署に配属され特に仲が良かったわけではないので、不思議に感じました。いつも面倒見ていた後輩達は誰も見送りに来ていません。
「今後のことなんて、何も考えてねえよ。じゃ。」

 金田は現役で入学した東京の有名私立大学在学中に証券外務員試験Ⅰ種に合格し、世界的企業の外資系証券会社に入社しました。入社後最短で証券アナリスト試験にも合格し、数年で彼のアナリスト・レポートの精度は顧客の信頼を呼び、新人にしては珍しく人気アナリストに名を連ね、社内ではヴァイス・プレジデントの地位に同期で最初になりました。

 彼は基本給以外にかなり高額のインセンティブを受け取るようになり、同期入社組ではトップの成績を走り続けました。この調子だとマネージング・ディレクターも夢ではないようでした。もともと細身で185cmの身長に目のきれいな彫りの深い顔立ちでしたから女子社員とも浮いた話がちらほらとあったのですが、次第に社内でも肩で風を切るようになってきたのです。

 高給と引き換えに彼が受けるストレスは半端なものではありませんでした。ヘッジファンドにプレゼンをした後などはドッと疲れがたまりました。溜まったストレスを発散しないことには精神が保てない状態で、毎晩後輩を何人も連れて飲み歩くようになりました。もちろんおごりです。しかも悪い酒でどんどん悪酔いし汚い言葉をどこでも吐いたり、店のダンスショー中に乱入してダンサーに抱きついたり騒いだりもしました。おかげで六本木で出入禁止の店が何件も出る始末でした。

 やがて彼の行動は上司の知るところとなり、何度も注意を受けついに最後通告まで受けました。しかし一向に飲み歩くことを止めようとせず、明け方まで飲み続けてとうとう大事なプレゼンに無断欠席し、電話にも出ずで大失敗をしでかしてしまいました。

 そして8年足らずで辞表を提出し、ハローワークに通う日々になったのです。かなりの高給取りでしたが、預金はほとんどなく、退職金は真っ赤なポルシェ・911カレラのローン返済に消え、アメックス・プラチナカードの債務だけが残りました。

 ハローワークの前の植込みに座りタバコを吹かしてやっと気づきました。
「あいつらか…」
「そらそうだよな。」
 金田は後輩達にいつも飯や酒をおごって面倒をみてやってるつもりでしたが、彼らにとっては酔っ払いの後始末をさせられていて迷惑にしか感じていなかったのでしょう。上司にチクったに違いありません。
「俺は本当、バカだな。」
 金田はようやく自分の愚かさに気づいたようです。

解説

 純金融資産保有額による準富裕層の特徴とインカムリッチ・プロフェッショナルのリスクについて学びましょう。

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